018 5億の星

『星の王子さま』の作者、サン=テグジュペリの書簡集の中巻『ある人質への手紙』(みすず書房、2001年)は、『星の王子さま』出版前後の時期です。この中に、『星の王子さま』のテーマそのものと思われるメッセージが見られます。

018-1

「わたしは、《世界的な全体主義》のもとで、人間が温和で、飼いならされた、おとなしい家畜になりさがってゆくいまの時代を憎んでいます。それを道徳的進歩と思わせられているのです! マルクシズムのなかでわたしが憎んでいるのは、それが行きつくさきの全体主義です。…ナチズムのなかでわたしが憎んでいるのは、その本質自体から当然めざされている全体主義です」

ずいぶんと、政治的な主張に見えますね。サン=テグジュペリは、マルクシズムもナチズムも「憎んで」います。しかし、彼が憎んでいるのは政治体制や政治思想ではないことに注意が必要です。マルクシズムを憎むのではなく、その中にある全体主義を憎んでいるのです。祖国を蹂躙するナチズムを憎むのではなく、その中にある全体主義を憎むのです。

全体主義をどのように表現しているかというと、「人間が温和で、飼いならされた、おとなしい家畜になりさがってゆく」とのことで、しかもそれが「道徳的進歩と思わせられている」から始末が悪い。つまり、多くの人々は、全体主義の害毒にも、それが進行していくことにも気づかない。

「ロボット的人間、蟻塚的人間、流れ作業、ブドー氏方式からブロットへと行きつ戻りつする人間。そのすべての創造力を去勢され、もはやその村の深みから、舞踏も歌も創造することができなくなった人間。牛どもを干し草で養うように、既製品の文化、規格品の文化で養われる人間。これこそ今日の人間なのです」

これは、第二次世界大戦中、1943年の記述です。なのに、いま現在の社会を言っているように見えないでしょうか? これは、資本主義経済が高度に進展し、さらにグローバリゼーションが席巻しつつあるまさに現在の、しかも先進国における一般大衆の姿です。私たちは、この社会を全体主義だとは感じていないはずです。つまり、自覚がない。

こう見てくると、戦時下という特殊な状況で生まれた『星の王子さま』が追求しているテーマが、「戦争へのレジスタンス」ではなく「全体主義へのレジスタンス」であると理解できそうに思います。サン=テグジュペリのいう全体主義とは、政治の話でないことは明らかです。マルクシズムも、ナチズムも、民主主義における資本主義も×なのですから。

『星の王子さま』の解説本、解釈本はたくさんありますが、私が最も感銘を受け、最も深い教示を受けたのが、塚崎幹夫さんの『星の王子さまの世界―読み方くらべへの招待』(中公新書、1982年)と、そのダイジェストが収録されている『名作の読解法』(原書房、2003年)です。

018-2 018-3

塚崎さんは、しょっぱなから手厳しいです。

「彼ら(解説者たち)はこの書物(『星の王子さま』)を逃避か、免罪か、ナルシシズムの書物と、どうやら理解しているらしく思われるのである。『童心教』とでも名づけるべき信仰が、怠惰な精神と共謀して、あえていわせていただくならば、作品そっちのけのこのいい気な読み方をはびこらせているように見える」

ようするに、甘いメルヘンなんかではない、と言っているのです。塚崎さんがいうには「現下の世界の危機にどこまでも責任を感じて思いつめる一人の『大人』の、苦悩に満ちた懺悔と贖罪の書である」というのです。

『星の王子さま』を100回も読んだ私も、単なる児童書をこえる気魄を感じていましたが、そういうことだったのか、と、塚崎さんの読み方に驚きました。

『星の王子さま』で象徴的に、しかも深い意味ありげに、しかも大事なこととして繰り返されるメタファーに、次のようなものがあり、それが謎解きされていきます。

ゾウを呑んだウワバミ→ウワバミはナチスドイツ、ゾウは侵略される国々
放置することで星がつぶれてしまうという3本のバオバブの木→ドイツ、イタリア、日本
6人の大人たち(王さま、うぬぼれ男、呑み助、実業屋、点灯夫、地理学者)→全体主義の台頭を放置してしまった罪深い大人たち(サン=テグジュペリ自身を含む)

018-5

なぜ、このような読み方になるのか、そのプロセスが緻密に示されています。どう考えても、そのようにしか読めません。100回読んだ私には、気づきませんでした。しかし、塚崎さんの読み方で間違いないと、100回読んだからこそ、確信できます。(もっとも、塚崎さんの論は極めて精緻なので、確信など不要ですが)

ところで、塚崎さんが触れていないメタファーで、私が自分の子どもたちから受けた素朴な疑問があります。『星の王子さま』最終章にこうあります。王子さまが自分の星へ戻り(つまり死んで)、その後、

「ぼくは夜になると、空に光っている星たちに、耳をすますのがすきです。まるで五億の鈴が、鳴りわたっているようです」

018-6

子どもたちが私に尋ねました。「五億の鈴って、何?」

5億と、数字を明示しています。数字の単位からして、世界中の人を言うのではないかな、と、答えましたが、ふに落ちません。当時、世界の人口は30億ていどだったはず。数字が離れすぎています。

サン=テグジュペリ書簡集の上巻『平和か戦争か』に、その答えを見出しました。1億のドイツ人が、すべてを破滅の危機にさらしたが、5億のヨーロッパ人が立ちふさがれば平和を見出せる、というのです。サン=テグジュペリは、全体主義を防ぐに必要なのは、闘いではなく、団結だと言います。そうそう、絆、つながりというのも、『星の王子さま』の非常に重いメッセージです。

すると、5億の鈴は、(ドイツ以外の)ヨーロッパの人々を象徴し、全体主義に対するために絆を持っていることを言うようです。

あ、そうそう、変な大人たち6人のうち、実業屋は、5億の星を何度も数えて所有すると言っています。ああ、なるほど、そういうことなのね。

018-4

(このページ内の書籍以外の写真はすべて箱根の「星の王子さまミュージアム」の展示です)

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください

PAGE TOP